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KV-2重戦車~第4戦車連隊/第3中隊B4754号車の立ち往生~補完版①

ワンダーフェスティバル2017【冬】では、多数ご来場頂きまして誠にありがとうございました。

弊社イベントとしまして、「KV-2重戦車・街道上の怪物の実像に迫る」と題しましてトークショーを開催いたしましたが、時間の関係で割愛した箇所などがありましたので、ここで補完させていただきます。

たった1両でドイツ装甲師団を翻弄したKV-2重戦車が現れたのは、1941年6月24日早朝とされています。簡単ではありますが、時系列毎に書いてみます。

1941年6月22日午前3時15分、バルバロッサ作戦(ドイツによるソビエト連邦侵攻作戦)の発動に伴い、ドイツ北方軍集団は要衝であるレニングラードを陥落させるべく進撃を開始しました。

2.Raseiniai

 

 

 

 

ドイツ第6装甲師団(戦車師団)はリトアニアのラシェイニャイ市を占領し、さらに2個支隊(カンプグルッペ・ゼッケンドルフ及びカンプグルッペ・ラウス)を同市より北部に位置するドゥビーサ川へ進めた。

※ドイツ第6装甲師団の保有戦車台数(1940年6月22日当時・2号戦車/47両 35(t)戦車/155両 4号戦車/30両)

5.Raseiniai

 

 

 

 

地図上の街道148号線と225号線を北上し、ドゥビーサ川を渡った地点で2つの支隊は橋頭堡を構築した。

7.Raseiniai

 

 

 

 

カンプグルッペ・ゼッケンドルフはラシェイニャイより北東に位置するベティガラに橋頭堡を構築。ここで、彼らはソビエト軍第2戦車師団と大規模な対戦車戦闘に入ります。

カンプグルッペ・ゼッケンドルフの編成(第57装甲偵察大隊、および第6オートバイ歩兵大隊、対戦車猟兵1個中隊)

ソビエト軍第2戦車師団の保有戦車台数(1941年6月18日当時・KV-1重戦車/32両 KV-2重戦車/19両 T-28多砲塔中戦車/27両 BT-7戦車/116両 T-26軽戦車/19両)

ドイツ軍は初めて砲火を交えることになった、ソビエト軍戦車群に戦慄しました…

ドイツ装甲部隊からの報告書抜粋

“この戦場で初めて遭遇した、KV-1およびKV-2重戦車に我々は衝撃を受けた!対戦車中隊は約900mから射撃を開始したが全く効果はない。我々は距離を詰めて約100m、さらには約50mで射撃を行った。全弾命中!しかし、重戦車たちは砲弾を弾き返して前進を続ける…遂には我々対戦車中隊の砲列を抜けて、後背地に布陣していた歩兵部隊に突進していった。我が戦車隊は転進して、追いすがる状態で近接射撃を行い、何両かの重戦車の動きを止めることに漸く成功した。”

当時、最新鋭の3/4号戦車の配備数は少なく、チェコスロバキア製の35(t)戦車が主力でした。

BT-7戦車やT-26軽戦車に対して有効な35(t)戦車の37mm砲(徹甲弾による装甲貫徹力 射距離1,500mにおいて20mm)は、最低装甲厚35mmを備えたKV-1/2重戦車には無力でした。対抗策として、超近接射撃や歩兵による集束手榴弾を使用して行動不能に陥らせるなど、非常に切羽詰まった手段が執られました。

この戦車戦はソビエト軍第2戦車師団がラシェイニャイ市奪還を諦め、第12機械化軍団への合流を図るため後退。戦闘は唐突に終りました。 ※同師団では弾薬の供給がままならず、補給を受ける目的もあったようです。

この際に、1両のKV-2重戦車と数名の歩兵が街道(現在の国道148号線)へと送られたのです…

00312-20

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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